SSブログ

考察その12 - 島の人数について - [考察]

(2010年3月17日のmixi日記 より)



【島の人数について】



別の考察をする予定でしたが、
EP6でかなり核心に迫ったと感じたこちらの考察を先に。







まずはこちらを。


初めまして、こんにちは!探偵ッ、古戸ヱリカと申します!!
招かれざる客人ですが、どうか歓迎を!!

我こそは来訪者ッ、六軒島の18人目の人間ッ!!!




…………申し訳ないが、

そなたを迎えても、

17人だ。





18人?17人???



しかし、

・本編が戦人とベアトのセリフで締めくくられていること
・お茶会で黄金郷に至っていること
・お茶会にはエリカが登場しないこと

から、
戦人とベアトがエリカに勝利したと受け取れると思います。



つまり、「元々の島の人数は16人」が真実である、と。。







では、なぜエリカは「18人」を赤で言えたのでしょうか?





初めは、

18人…多重人格のそれぞれの人格を一人と数える
17人…多重人格の主人格を一人と数える

だと考えました。
なので両方とも真実たりえる。



「多重人格」が両方とも前提です。
おそらくほとんどの方がこの結論に達したのではないかと思います。








ですが、こう考えることはできないでしょうか?



「17人…多重人格の主人格を一人と数える」

「18人…多重人格の人間はいない」



ルールは以下のとおり。

・元々の島の人数が16人か17人かの真実は読者が選ぶことができるように作られている。
・ただし、ゲームマスターがどちらか一方を選択した場合、もう一方は真実でなくなる。





この考えに至ったのはEP5とラムダの言葉がきっかけでした。


もちろん、これまでの人数にプラス1してもらうわ。
でも安心して。
古戸ヱリカが1人増えただけ。
それ以外の在島者の人数は、これまでのゲームとまったく同じ。



いわゆる「紗音嘉音同一説」ですが、これは大分前から唱えられてきた説でした。
確かに、EP1~EP4までは戦人が二人を同時に見ていませんから、この説の説得力は十分だと私も思います。



ただ、ラムダの「在島者の人数はこれまでのゲームと全く同じ」という言葉に従ってEP5を眺めるとどうにも納得がいかない。。

紗音と嘉音の2人が探偵権限のあるヱリカと同じ部屋にいる場面が描かれているのに、
「紗音=嘉音」とするのは無理があるのではないか、、と。





「紗音と嘉音が同部屋に両者とも存在したと観測したのは戦人でありヱリカではない」
「嘉音は人間ではなく動物である」
等々の推理を目にしたことがあります。
そして、それをどれ一つとして私には否定することができません。





ですが、やはり自分の違和感は自分で徹底的に消しておきたいと考え、先の仮説をたてました。



もう少し詳細を記します。


EP1~EP4
ゲームマスター:ベアトリーチェ
島の人数:16人もしくは17人

EP5
ゲームマスター:ラムダデルタ
島の人数:17人
備考:ゲーム開始時からラムダは「17人」を選択。
片方の真実でしか眺めることを許されないゲーム盤を、ロノウェは「愛がない」=「EYE(片目)がない」と称した。

EP6
ゲームマスター:戦人
島の人数:16人
備考:「17人」と赤字で宣言した際に「元々の在島者は17人」の真実は否定された。





ベアトリーチェは島の人数が16人もしくは17人どちらともとれるようなゲーム盤を作成していた。
つまり、真実は2つ用意されていた。
これこそがゲーム盤の最大のロジックトリックである。
というのが私が現時点で至った仮説です。


少し視野を広げるだけで、まったく違う真実も見えてくるのだ。

……そしてその真実はどちらも”真実”でありながらも、……それしか見えてないなら、不正解なのだ……。



まさしく、この言葉のとおり。



真相に至りゲームマスターになった戦人が
「紗音=嘉音」が最も全面に出ているEP6のゲーム盤を作ったのは、
そのロジックトリックの内、わかりづらい「16人」の方を明かすため、だったのではないでしょうか。

まぁ、だとしても、「17人」を否定しなくてもよさそうなものですが
ですが、ロジックエラーを起こしてしまったあの密室を「16人」の側でしか脱出できなかったため、やむを得ずだったのかなぁと思っています。
あのエラーがなかったら、また違った物語が描かれていたのかもしれません。。







余談ですが。


私はゲーム盤を創作された世界だと思っています。
なので、現実の1986年10月4日と5日に六軒島で何が起こったのかは未だ作中で明らかにされていないと考えています。


そして、「嘉音」という人物についてですが、
「紗音=嘉音」という多重人格が、実世界でそれぞれ別の人格と認められて六軒島関係者に受け入れられていたとは少し考えにくいと思います。

なので、「嘉音」という人物は存在していたか存在していなかったかのどちらかではないかと。


そこで気になるのが事件後に発見されたとされるメッセージボトルです。
EP1とEP2が記されたものということなので、EP6のように嘉音の存在を容易に疑えるような内容ではないと思います。

EP4で事故当日に警察が片方のメッセージボトル(おそらくEP2のほう)を回収していたとありますので、
その内容はある程度把握して捜査に臨んだものと予想できます。
もし「嘉音」が実在していなかったら「この物語に出てくる嘉音という人物は誰だ?」という謎が生まれると思いますし、
物語とはいえ、実在しない人間がわざわざ描かれているという点で、
「嘉音」にあてはまるような実在の人間が鍵を握る人物として怪しまれるような気がするのです。



ただ、そのようなことは作中で今まで出てきていない。



なので、私は「嘉音」は実在していたのではないかと思うのです。
実在していてほしいという気持ちが強いからそう思うのかもしれないのですが。。


もしかしたら、警察はメッセージボトルの内容なんか全然参考にしていないかもしれないし、
「嘉音は誰?」という謎は生まれたけれども作中で書かれていないだけかもしません。



でも、私はやっぱり嘉音の存在を消すというのは嫌ですね。。









では。
今日はこんなところで。

nice!(0)  コメント(0)  トラックバック(0) 

nice! 0

コメント 0

コメントを書く

お名前:
URL:
コメント:
画像認証:
下の画像に表示されている文字を入力してください。

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

トラックバック 0

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。